民法の相続法改正の一つとして、仮払い制度の創設についてご説明します。
1 仮払い制度とは何か
まず、仮払い制度とは、
相続によって、被相続人の財産として預貯金債権(普通預金債権、通常貯金債権、定期貯金債権)について、
これを遺産分割前に、法律で定められた額を上限に各共同相続人がそれぞれ単独で払い戻すことができる制度です。
2 払い戻しの上限額がある
払い戻しはできますが、上限はいくらでしょうか。
(調停・審判による場合は除く)
上限額は、
預貯金債権×1/3×共同相続人の法定相続分(民法909条の2)です。
ただし、「各金融機関」に対して、150万円※まで
とされています。
(※調停・審判による場合は下記5参照)
(民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額を定める省令 平成30年法務省令)
今回も事例で考えてみます。
亡くなったAの遺産として甲銀行に1200万円、乙銀行に600万円の預貯金があるとします。
法定相続人は妻B、子C・Dです。
この金額を上限に、B、C、Dはそれぞれ単独で遺産分割前に仮払いとして協議をすることなく払い戻しできることになります。
3 なぜ単独で払い戻しが認められるの?
理由は、
預貯金を引き出せないと生きていくのに困る
後から清算しやすい
ということです。
改正前は、預貯金債権は、相続開始と同時に「当然に」共同相続人に分割されるとされていましたが、
改正により遺産分割までの間は、預貯金債権は遺産分割の対象となるとされ、預貯金債権は単独で行使できなくなりました。
(行使できなくなったため、一時的に、仮払いを認めたということ)
事例で言えば、
亡くなったAに借金が600万あった場合、
この債務は相続人であるB、C、Dが相続することになりますが、遺産分割が終わるまで、預貯金の相続人が確定していないため、返済の時期が来ていても支払いができないとなると大変です。
立替払しなくてはいけないかもしれません。
Aの葬儀費用もできれば相続財産の預貯金で支払いしたいと思うのではないでしょうか。
また、Aに扶養されていたBは、生活費が必要になりますが、
遺族年金は受けられるとしても、遺産分割が終わるまで、
同じように預貯金債権を使うことができないという問題が生じます。
それらの不都合が問題となっていたため、仮払い制度を認めることとなりました。
4 なぜ預貯金債権にのみ仮払いがあるの?
先に書いてしまいましたが、
土地や建物のように評価が変動するものと違い、
預貯金であれば、遺産分割により過不足が生じたとしても清算する場合に算定額が容易であるからです。
事例として、
仮払い150万円を実行後、遺産分割により100万円が相続する金額となった場合に50万円を清算します。
ちなみにですが、
解約しない限り、口座は存続し(凍結はしますが)、共同相続人により契約上の地位が準共有(BCDの共有)状態で継続することになります。
5 仮払いの手続きはどうやってするの?
まず前提として、預貯金債権は、被相続人の死亡を金融機関が知った時点で凍結されます。
(凍結していない場合は、引き出すことは現実的には可能ですが、その場合、仮払い制度とは関係なく、後々トラブルになるおそれがあります)
凍結後の払い戻し方法として
①金融機関に対して法定相続人であることを必要書類により証明し、払い戻しをする方法
※いままでご説明した内容は、この方法です。
権利行使や共同相続人がそれぞれ単独でできます。
また、法律上の上限は、相続開始時の各金融機関ごとに預貯金債権×1/3×法定相続分であって、150万円を超えない金額までです。
②家事事件として遺産分割の調整又は審判の申立てによる方法
こちらは家庭裁判所への申立てにより、相続債務の弁済や相続人の生活費等の必要から預貯金を行使する必要があること等を家庭裁判所に認めてもらうことにより行使する方法です。
(新家事事件手続法第200条第3項)
権利行使は申立人または相手方(申立てをした共同相続人・相続債務・生活費等の債権者等)
こちらは法律で定められた上限額はありません(意味合いとしては仮処分)。
6 仮払いにより払い戻しを受けた後に遺産分割があった場合はどうなるの?
仮払い後の遺産分割により、
その共同相続人が取得するとされた相続財産を超過している場合、清算が必要です。
これは①②の方法いずれも同じです。
(②調停・審判では、あまり超過するような仮処分はしないようには思いますが)
例えば仮払いにより150万円を取得した後に、遺産分割により取得する財産は100万円となった場合は、50万円は清算(返金・代償として別の財産を支払うなど)する必要が生じますので注意が必要です。
あまり理解する必要はないかもしれませんが、
遺産分割後の仮払い部分の取り扱いですが、
①の方法 適法な処分として、各共同相続人が遺産の一部分として取得します。
②の方法 遺産分割調停・審判があった、つまり仮処分として、その後に本分割があった場合は、仮払いをした預貯金債権も含めて分割の審判となります。
例えば、仮払いした150万円がすでに弁済により消滅しており、450万円が残存している預貯金債権であっても、審判は「Bに600万円※を取得させる。」(※150万円は仮払い部分)となります。
7 終わりに
仮払い制度は、相続債務や葬儀費用等の利用目的であれば、相続人としての不平等が少なく、よいように思いますが、
それらの負担額が明確でない、もしくは負担額を超える金額を仮払いするとなると、相続によって本来必要のなかったトラブルが発生するリスクが生ずることになります。
この制度の利用がされているのかは、あまり聞いたことがありませんが、私が実務として進められるかどうか、もう少し検討していていきたいと思います。